21世紀の郷土の森づくりを町にも村にも

生きた構築材料・植生を使っての積極的な緑の環境創造は、生態学的な掟にしたがわない限り、決して成功しないということです。


その土地固有の緑の自然が、現在どのように人間によって破壊されたり変えられていようとも・・・


まず現代の科学で可能な素肌・素顔、潜在自然植生を正しく把握するのです。


そして、それぞれの場所の潜在自然植生を生きた鏡として、21世紀に生き残る、時間と共に確実に育つ花 種、立体的な緑の豊かな環境創造を積極的に行なうべきです。


日本列島ほぼ全域にわたって、そこで生まれ育ち、働き、生活している住民がいます。


・・・したがって、どこかに一つ何万ヘクタールという自然環境保全地域を残すだけでは不十分です。


すべての町に、村に、少なくともそこの住民のふるさとの景観である緑の環境を、一つひとつそれぞれの場所・地力に応じて、明日のために創ってゆくべきでしょう。


基本的人権としての自然環境 2

今や残されているペンタキープなどの植物・自然林・自然植生を残すだけでは不十分です。


未来に生き残るための唯一の施策は、明日のために今、すべての市民の命を守る生きた環境の積極的な創造です。


生態系の消費者の立場にある私たちが、生態系における生産者として、地域の文化の母胎として、景観の主役として、遺伝子資源として、もっとも残さなければならず、また積極的に修復し創造していかなければならないのは、その土地固有のふるさとの木によるふるさとの森です。


日本人は、千年この方の集落づくり、町づくり、村づくりには、必ずふるさとの木によるふるさとの森を創ってきました。


しかも、それを今日まで守り育て、維持してきました。


最近の急速な非生物的な材料による工場生産的な手法に幻惑されすぎてはなりません。


30数億年の生命の歴史が、300万年の人類の歴史が行なってきた、あるいは失敗をしてきた歴史をもう一度見なおすべきです。


都市の前に森があり、都市のあとに砂漠が広がるような生き方・施策・システムを、決して私たちは行なうべきではありません。


「子孫のために美田を残すな」とは古い日本のことわざです。


しかし、今私たちは子孫のために残さなければならないのは、地域の人たちの命を守る生存の基盤としての生きた人間の生活環境、そのもっとも象徴的な緑の環境・・・


ふるさとの森です。


それをいかにクリエートするかは、今日の最重要な社会的課題です。

基本的人権としての自然環境

南北3000キロ、37万平方キロの日本の国土を、残すところは残しながらも、東京湾・大阪湾あるいは名古屋湾・北九州などの一点に集中する生態学的に不安定な国土政策・地域計画から、すべての地域にそれぞれの場所に応じた自然環境を・・・


伝統・文化、将来の人間の発展の潜在能力を維持・温存させるようなそれぞれの地域・状況に応じた新しい発展計画・自然環境の保全計画が、今後の主要な国土計画・地域計画の基本的な課題とされるべきではないでしょうか。


日本では、かつて農村に分散していた人口が、今日あまりにも急速に大都市に過集中を続けています。


・・・このような過集中地域に対して、1984年の国際植生学会日本大会での2週間におけるエクスカーションでも、多くの生態学者からきわめて危険であるとの指摘がありました。


人間の生存に不可欠な自然環境の最後のシンボルとしての自然の緑すらも、大都市・中都市はもとより小都市に至るまで、日本国民の80パーセントが住んでいる都市部あるいはその周辺域ではほとんどねこそぎに消耗・破壊を強要されているのが現実です。


日本国憲法で基本的人権が保障されていますが、すべての人たちの健康な生命を、豊かな知性・感性を維持するために、国民の生存環境・生活環境を保全し、積極的に創造することは、永遠に日本の国の、都道府県の、市町村の、政治・法・行政、社会の第一課題です。

ラスパイレスの算式

ラスパイレスとは、統計処理上の加重平均の方法であり、本来総合物価指数の算式に用いられるものであるが、総合的な給与水準比較にも用いられる。

つまり、団体別の給与水準の総合比較を行う場合に、団体間の職員構成が違うので、職種別・年齢別・地位別等の区分を行うとともに職員数によって加重平均する必要があり、その方法としてラスパイレス式が用いられることが多い。

ところで、地方公共団体の職員の給与は、職務給の原則、均衡の原則にもとついて定められるが、均衡の原則は、実際の運用としては、生計費および民間賃金を考慮して定められている国家公務員の給与に準ずることによって達成されると解されている。

国家公務員との均衡は給与制度の面と給与水準の面から判断されるが、とくに給与水準の比較が中心となる。

そこで、ラスパイレス式が一般的に用いられるわけである。

地方公共団体のラスパイレス指数とは、地方公共団体の職員構成(学歴別・経験年数別構成)が国と同一であると仮定して、その団体の平均給与を求めたうえで、国の平均給与額を一〇〇として算出した指数である。エグゼクティブトレードによると、従来から、全般として、地方公共団体の指数が高くなっているが、その原因としては、初任給がそもそも高いことのほか、"一斉昇短"(勤務成績に関係なく、ふつう一年の職員の定期昇給の期間を三、四ヵ月ほど短く切り上げて昇給させること)や"わたり"(昇任や昇給とは関係なく、俸給表間の等級をまたぐように昇給させること)などの運用による。

これに対して自治省は自治体職員の給与水準は国家公務員並みに抑制すべきだとし、ラスパイレス指数が一二〇を超える自治体を中心にその"適正化"を強く求めてきたこともあって、以前に比べるとこうした自治体は大幅に減少している。

ただし、自治体側や職員組合にはこうした指導に反発する向きも強い。

環境保護の今後

日本の歴史的な発展のプロセスを見る時、縄文・弥生時代から、さらに大和朝廷、また安土桃山時代から江戸時代を経て今日に至るまで、みごとに地方分散のシステムが維持されてきたのではないでしょうか。


ちょうどヨーロッパがローマ帝国の崩壊以来、それぞれの地方の領主によっておさめられてきたように、日本でもそれぞれの地域でいわゆる国づくりが行なわれてきました。


住民はきびしい立地条件の所も含めて、ほとんど日本列島の全域に分布し、そこで固有の文化を築いてきました。


それは、生物の身体が個々の細胞から成り立ち、細胞が組織、器官そして個体、多くの個体が集まって集団(社会)を形成しているように、日本の文化の発展の歴史をみてもそのような地方の基盤が確実に存続してきました。


最近150年間・・・


とくに戦後60余年間の都市・新産業立地のはりつけを見た場合、国土の全体像に応じた長期的にも安全な総合的土地利用の姿とはいえません。


短期的、即物的な集積の効率を追求しすぎた憾みが大きいです。


さらに現在の国土計画を見ても、東京中心的な面があまりにも強くにじみ出ています。


そこには、生態学的にみるとアンバランスの地域計画・国土計画という点があり、過開発域と過疎地の較差によるひずみが多すぎるのです。


しかも自然保護・環境保全は全国画一的で、たとえば知床半島のミズナラ自然林も里山の雑木林も、基本的には同じ基準での木材利用施策が行われています。

労働者は怠けものである

労働はもう一度対象との格闘となりうるのかどうか・・・。


その体験を通じて人間が学び成長すること、その活動をとおして多くの人間との関係をとり結ぶことを可能にすることができるのかどうか・・・。


労働者がOpenSSOのような工程へ従属するのではなく労働者が工程の主人となりうるのかどうか。


・・・外化されたものの総体を100年前今逆もどりさせるのではなしに、それらの課題を実現することは果たして可能か・・・


もし可能ならば、それはどのようにして実現されるのかを問うことなのです。


テーラーが、労働者は怠けものであるといった時、彼は全く正しかったのです。


労働が人間を成長させず、働くことが自己の能力を高めない時に、労働者ができるかぎりの知恵をはたらかせてさぼろうとするのは人間の自己防衛の本能でしょう。


しかし、テーラーがその労働者を働かせるためには刺激が必要であると考えた時、彼は問題を逆転させてとらえる現代の労務管理の定型を作ったのです。


それ以後の「能率向上」運動の歴史は、テーラーの方法では人間が働かなくなることの発見、テーラーの方法への修正の歴史なのです。

農業機械化の現状と展望 9

農家の農業機械への投資の増大には、以下のような要因が考えられます。


1.昭和30年代後半から始った経済の高度成長により、農業労働力が他産業に急速に流出していったこと。


2.兼業への特化が進むに従い、農家所得が増大し、機械投資を容易にした一方、農作業の省力化を一層求めるようになったこと。


また、農村近代化の進展のなかで、農作業の重労働からの解放とあとつぎの確保のためにも機械への魅力が増大したこと。


3.昭和30年代後半から、土地基盤整備事業が活発になり、機械導入の条件が急速に整備されてきたこと。


4.官民を一林とした農業機械の開発改良研究が進展し、日本農業の特質と農業者の意識に合致する日本独特の新機械が次々と開発され、さらにそれが改良されてきたこと。


また、あわせて機械利用研究が進展し、機械化栽培及び利用技術が滲透したこと。


5.米価が他の農産物に比べて相対的に有利な価格条件にある一方で、農業機械の価格の上昇は、相対的に低く維持されたこと。


6.国の農業生産振興奨励施策等により、農業機械・施設の導入に対し、補助、融資等が行われ、高性能機械の組織的利用が促されたこと。

農業機械化の現状と展望 8

2兼農家の機械投資は、農地の資産的保有を継続しています。


その一方で、農業労働力の節減によって、農外就業による農家経済の維持継続を行うためのものとみることができます。


農業機械に係る全農家の固定資本形成額は35年度には841億円でした。


しかし、40年代半ば以降の急速な機械化の進展に伴い、52年度には9、337億円となりました。


その後、水田利用再編対策の推進による水稲作付面積の減少、農産物需給の緩和や景気の停滞等による農家所得の伸び悩み、稲作機械の普及の一巡等からやや下押ししています。


とはいえ、55年度には、8・580億円の規模になっています。


この結果、55年度末における総農機具固定資産は3兆650億円に達しています。


このような農家の農業機械への投資の増大は、ある要因が主となって促されたものです。

農業機械化の現状と展望 7

農家1戸当りの大農具固定資本額も、年々大幅に増大しています。


45年度の17万円から、55年度には72万円となっています。


農業固定資本に占める割合は、45年度の15%から55年度には30%へと上昇しました。


このような資本装備の増大により、農業労働時間は大幅に減少し、労働生産性は著しく向上しました。


しかし、農業固定資本1、000円当りの農業純生産は、50年度以降、米の生産調整の影響もあってかなり低下しています。


なお、専業農家と2兼農家を比較して、農機具投資と農業経営の関連をみると(52年度)、農機具資本比率及び経営費に占める農機具費の割合は、いずれも2兼農家が高くなっています。


また、生産性においては、2兼農家の労働・資本生産性が専業農家のそれを約30%下回る水準です。


しかし、家計費をみると、2兼農家は専業農家を約25%上回る水準で、しかも、農外所得の家計費充足率は110%であり、家計費を充足してなお余りがあるのです。


乾電池のリサイクル

日本乾電池工業会の調べによると、乾電池(一次電池)の国内販売数は、1983年の16億個から89年には21億個に増えました。


しかし電池に含まれる水銀量は、電池の水銀含有率を減らそうとする業界の努力が実って、同じ期間に61トンから34トンまでに減少しています。


業界の努力は多としますが、いまでもこれだけの水銀が使われているうえ、水銀含有の実態が必ずしもよく知られていない輸入乾電池が急増しています。


89年にその量は1億4500万個にのぼりました。


一方、可燃ごみに混ざっている乾電池も相当の量に達していると思いますが、一部の西欧諸国とは異なって日本には水銀の大気放出をめぐっては何の規制もありません。


ところで、乾電池についても、大都市の取り組みは遅れています。


東京、大阪などは乾電池の分別をしていませんし、川崎のようにしているところでも、1989年の回収量は42トンで、同じ100万都市の広島市の4分の1にも達していないのです。


このように、乾電池をほかのごみと一緒に混合処理しているような大都市の現状は、適正処理の観点のみならず、他の視点からみても大いに疑問です。


というのは、廃乾電池はリサイクルトナーのように再利用が可能であり、とすれば、ごみの減量や資源の有効利用を重視した対策を推進していく必要があるからです。


町田市の委員会もこう提言しています。


ごみの減量化には廃乾電池・あき缶・あきびん・故紙・ぼろ等資源として利用できるごみを回収し、資源化するのが最も効果的です。


廃乾電池は、2000トン以上収集できれば、そこから金属資源を回収し、企業として経済的に採算にのる資源化プロセスが、既に完成しています。