初期条件の明白な相違
日本と西ドイツも、このような飢餓状況を占領軍の食糧放出などによって辛うじてしのいでいたのです。
しかし、住宅や食糧の不足は、あらゆる戦争の敗戦国に共通する宿命のようなものであり、問題は、その後の復興を左右する工業生産力が破壊を免れてどの程度残ったかにあります。
実はこの点で、日本と西ドイツには決定的な差が生じていたのです。
昭和24年4月に発表された「太平洋戦争によるわが国の被害総合報告書」などによると、終戦直後の日本の鉱工業生産は、戦前のわずか10分の1にまで落ち込み、その後の数年間は、3分の1前後の水準で推移しています。
日本の場合、とくに石油精製や製鉄などの生産設備の破壊度が高かったのです。
一方、西ドイツはどうでしょう。
1945年10月に発表された「アメリカ戦略空軍ドイツ爆撃報告書」は、爆撃による西ドイツの工業生産設備の破壊率を20パーセント以下と推定しています。
別の調査では、西ドイツの工作機械の損傷率を5パーセント程度と推定したものもあります。
壊滅的な打撃を受けた日本に対し、西ドイツの工業生産設備の受けた損害はなぜこのように小さかったのでしょうか。