環境保護の今後
日本の歴史的な発展のプロセスを見る時、縄文・弥生時代から、さらに大和朝廷、また安土桃山時代から江戸時代を経て今日に至るまで、みごとに地方分散のシステムが維持されてきたのではないでしょうか。
ちょうどヨーロッパがローマ帝国の崩壊以来、それぞれの地方の領主によっておさめられてきたように、日本でもそれぞれの地域でいわゆる国づくりが行なわれてきました。
住民はきびしい立地条件の所も含めて、ほとんど日本列島の全域に分布し、そこで固有の文化を築いてきました。
それは、生物の身体が個々の細胞から成り立ち、細胞が組織、器官そして個体、多くの個体が集まって集団(社会)を形成しているように、日本の文化の発展の歴史をみてもそのような地方の基盤が確実に存続してきました。
最近150年間・・・
とくに戦後60余年間の都市・新産業立地のはりつけを見た場合、国土の全体像に応じた長期的にも安全な総合的土地利用の姿とはいえません。
短期的、即物的な集積の効率を追求しすぎた憾みが大きいです。
さらに現在の国土計画を見ても、東京中心的な面があまりにも強くにじみ出ています。
そこには、生態学的にみるとアンバランスの地域計画・国土計画という点があり、過開発域と過疎地の較差によるひずみが多すぎるのです。
しかも自然保護・環境保全は全国画一的で、たとえば知床半島のミズナラ自然林も里山の雑木林も、基本的には同じ基準での木材利用施策が行われています。